カラフルな世界、モノクロの日常

鉄道、城、サッカーなど、自分が興味を持っていることを思うがままに書いています。yahooブログ終了に伴い、はてなブログに引越ししてきました。

訪城記 ~四稜郭~ 【2016.8.13】

函館に一泊して、翌朝一番のバスで降り立ったのは「赤川入口」。
四稜郭の最寄りのバス停としては、ズバリ「四稜郭入口」というところがありますが、運転本数が少ないことと、バスの乗り換えが必要なことから、こちらを選んだ次第。

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徒歩20分強で到着しました。

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ここからは函館の市街がよく見えます。
箱館戦争のときには、邪魔になる木は切り倒されていたはずですから、もっと見通しがよかったものと思います。

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園路に沿って進みます。
虎口は南(函館側)にひらいており、一応桝形のようになっていますが、それよりも何よりも狭いのが印象的です。
通路の幅が人一人分しかありません。

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中に入ると四方を土塁が囲んでいます。
北側が高くて、南側が低いという地形ですが、削平が不十分なため郭内も傾斜がついています。
砲台は4か所あって、各々にスロープがつきます。
郭内には建物が建てられなかったと推定されているとのことで、そういった遺構はありません。

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外周を一周してみます。
土塁の高さは1m~3mほどと低く、郭内が見えてしまうところもあります。
土塁の前には堀がありますが、これも細くて、浅いもの。
もっとも、掻き揚げた土の量を考えると、もう少し深くて広かったのではないかと思いますが、いかがでしょうか?

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縄張を見ると、砲台は4か所にしかないとはいえ、土塁には巧みに折れをつけることで、塁線に死角ができないよう配慮されてはいます。
しかしながら、圧倒的な兵力差で攻められた場合、それがどこまで有効に機能したでしょうか?
旧幕府軍200人と地元民100人が数日で作り上げたとのことなので、仕方のないことかもしれませんが、戦闘で使うにはあまりにも貧弱すぎるように思います。
(ないよりはまし、かもしれませんが)
実際には、五稜郭との間にある権現台場が占領されたのを見た旧幕府軍が退路を断たれるのを恐れて撤退してしまったので、激しい戦闘にはならなかったのかもしれませんが。



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