カラフルな世界、モノクロの日常

鉄道、城、サッカーなど、自分が興味を持っていることを思うがままに書いています。yahooブログ終了に伴い、はてなブログに引越ししてきました。

かいやまと 【駅名しりとり434】

甲斐大和 (JR東日本)

 

 

 

1903年に開業した古い駅。1993年に改称されるまでは初鹿野駅という駅名でした。

初鹿野は古事記に由来する地名。西行法師の短歌にも詠まれています。

江戸を発した甲州街道が笹子峠を越えたところにある要衝で、付近には鵜飼宿、鶴瀬宿がおかれました。

駅は山間にありながら2面3線を持っており、大月から塩山までの約30kmの間で特急通過待ちができるのは当駅しかないことや大月駅のホームに余裕がないこともあって、特急の待避が行われることが多いようです。

 

 

 

↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。

にほんブログ村 鉄道ブログ 日本全国の鉄道へ
にほんブログ村

 

 

 

手宮線の廃線跡を辿る

手宮線は、北海道最初の鉄道として1880年に開通しました。1906年に国有化、1909年に国鉄の線路名称変更により手宮線という独立した線名になりました。

貨物列車に加え旅客列車も運行されていました。最盛期で9往復程運行されていたようです。

利用客の低迷により1962年に旅客営業廃止。以降貨物線として運行が続けられましたが、1985年に廃止になりました。

 

廃線跡は遺構を残しながら遊歩道として整備されています。

 

遊歩道でありながら、線路も残されており、新旧がうまく融合している感じが良い雰囲気です。

 

小樽市の中心部に近づくにつれて人が増えてきました。

 

唯一の中間駅である色内駅の跡。

このあたりは日銀小樽支店をはじめ、銀行の支店が集まっており、「北のウォール街」と称されるほどにぎわっていました。

石炭他道産品の積出港として道内第二位の都市となった小樽市の繁栄の名残を感じることができます。

 

1912年に色内仮停車場として開業した色内駅は、その後何度か休止と再開を繰り返しており、その歴史は複雑です。
運転本数が少ないこともあって、最盛期でも1日の乗降人員は500人に満たなかったようです。

 

当時の駅舎を模した休憩所が整備されています。

 

遊歩道の終点。

 

寿司屋通りを跨ぐ橋は失われています。

 

この先廃線跡を歩くことはできないので、職人坂を登ります。

 

 

公園通りの跨線橋から。

営業線の右側、擁壁下が手宮線の廃線跡です。複線化されていた手宮線ですが、路盤は単線分くらいの幅しかないように見えます。

 

さらに南小樽駅の方にある踏切まで来ると、廃線跡は営業線と同レベルに。

 

入船通りをまたぐ入船陸橋はプレートガーター橋になっています。

橋脚を見ると、海側が2線、山側が1線に分かれています。手宮線は1910年に複線化されていますので、2線用の橋脚はこの時に整備されたものでしょうか。

高島駅(現小樽)へ延伸した際に山側に1線増やしたと考えるとわかりやすいですが、高島駅開業は1905年と時系列があわないので、紆余曲折がありそうです。

 

南小樽駅に到着しました。

 

 

 

↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村

 

 

 

やさか 【駅名しりとり433】

八坂 (西武鉄道)

 

 

 

国分寺と多摩湖を結ぶ西武多摩湖線の駅。1日の乗降人員は6,000人強と西武鉄道の駅としては多い方ではありませんが、1面1線の最低限の設備でさばくには、なかなかの人数だと思います。

駅が開設されたのは戦時中の1942年のこと。陸軍少年通信兵学校と陸軍兵器補給廠小平分廠の設置に合わせた軍からの要請によるものです。

野比止用水に面した広大な軍用地には戦後、明治学院をはじめとする学校や多数のマンションが建設されました。

 

 

 

↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。

にほんブログ村 鉄道ブログ 日本全国の鉄道へ
にほんブログ村

 

 

 

余市に寄り道して小樽市総合博物館へ

8月10日は7:14発の小樽行きでスタートです。

 

小樽で倶知安行きに乗り換え。

 

北海道新幹線の並行在来線として廃止が決まった函館本線の長万部-小樽間ですが、このうち余市から小樽までの約20kmは利用客が多いことから鉄道の存続が模索されています。

現状、鉄道16.5往復に加え、路線バスも片道30本近くが運行されているのでかなり太い流動があるのがわかります。

両市街の郊外に駅を設けるとともに、増発、札幌方面との接続を改善すれば、利用客増加も期待できそうです。

一旦は鉄道廃止で決まりましたが、並行する北海道中央バスが代替バスの運行が困難であることを表明するなど、状況は流動的。

余市はニッカウヰスキー 余市蒸溜所など観光地も多いことから、観光客を呼び込むためにも鉄道は残した方がいいと思います。

 

すぐの列車で折り返し、小樽駅で下車しました。

 

 

小樽は北海道の鉄道発祥の地です。1800年、幌内鉄道により手宮-札幌間約36kmが開業したのがその始まり。

手宮駅跡は小樽市総合博物館となっています。小樽駅から歩いて20分ほどで到着。

 

構内には、北海道で活躍した鉄道車両が保存されています。

 

かつて北海道には、数往復しか運行されないようなローカル線がたくさんありました

国鉄改革の時に軒並み廃止されてしまいましたが。

 

貴重な車両が多いものの、保存状態はあまりよくありません。

補修塗装など最低限の手入れはされているものの、塗装が剥がれ錆が出ていたり、逆に厚塗りすぎたり色や塗分けがおかしかったりするものが散見されるのが少し残念。

 

 

転車台やレンガ造りの機関庫は「旧手宮鉄道施設」は国の重要文化財に指定されています。

 

キハ03形は1956年に製造された国鉄のレールバス。

小型車によるコスト削減と増発を目指したものでしたが、その小ささ故に輸送力の不足に悩まされた他、居住性に難があり長距離の運用に向かないなど所望の目的は果たされないまま15年たたずに廃車になりました。

 

 

小樽市総合博物館本館に入ると、エントランスには7106「しづか」。2010年鉄道記念物に指定されました。

 

「い1」も鉄道記念物です。

 

最後にレンガ積みの擁壁を見ます。石炭桟橋へのアプローチ線のものです。

 

 

この後は、手宮線の廃線跡を歩きます。

 

 

 

↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村

 

 

 

じょうしゅうにいや 【駅名しりとり432】

上州新屋 (上信電鉄)

 

 

 

高崎から15km弱、30分程で到着する1面1線の小さな駅。県道の拡幅工事に合わせて駅舎・ホームを新築し、2022年8月に供用を開始しました。

めんたいパーク群馬に近く、観光客の利用もあるようです。

駅の東側、ホームの終端近くを流れる川は三途川といいます。行基が名付けたと伝わり、江戸時代の文献にその名が出てくるとのこと。

行基作の奪衣婆像を祭ったことを由来とする姥子堂などもあり、古の民間信仰を今に伝えています。

 

 

 

↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。

にほんブログ村 鉄道ブログ 日本全国の鉄道へ
にほんブログ村