カラフルな世界、モノクロの日常

鉄道、城、サッカーなど、自分が興味を持っていることを思うがままに書いています。yahooブログ終了に伴い、はてなブログに引越ししてきました。

訪城記 ~高梨氏館~ 【2024.1.7】

篠島から知多半島にわたった後名古屋で宿泊して、1月7日。

7:00発のしなの1号に乗車します。

 

383系は、量産車の登場から28年ほどたち、車内はだいぶ陳腐化した印象。

昨年385系への置き換えが発表されましたが、運用に入るのは2029年度以降とのことです。

 

10:03長野到着。

 

改札を出て、長野電鉄の地下駅へ。10:26発の信州中野行に乗車します。


地下線を出て進路を東へと変え、千曲川をわたります。
村山橋は、珍しい鉄道道路併用橋。大正時代に架けられた旧村山橋が併用橋として有名でしたが、2008年に開通した新橋も併用橋として建設されました。

 

11:14着の信州中野で下車しました。



この日の目的地は、高梨氏館跡です。

高梨氏館は鎌倉時代から戦国時代にこの地域の有力豪族であった高梨氏の居館と伝わります。

高梨氏がこの地を本拠と定めたのは1512年頃のようです。戦国時代には、越後の長尾為景と守護上杉定実の対立、村上氏との抗争のなかで衰退したとのこと。

武田信玄が北信地域へと進出すると上杉方として戦い、川中島の戦いでは上杉方の先鋒も務めました。

その後、独立を失い上杉氏の家臣に。上杉氏が会津、そして米沢に転封になると高梨氏もそれに従い、子孫は米沢藩士として続きました。

 

東西約130m、南北約100mの方形居館は、虎口が3か所にあります。

下の写真は南側の虎口です。

 

立派な土塁ですが、発掘調査の結果中から築地塀が見つかったとのことです。

当初は土塁は低く、おそらく堀も狭くて浅かったのでしょう。後から堀を拡張し、その時出た土を盛り上げたものと思います。

 

郭内。

 

東の方向を見たところです。

正面の山には詰の城だった鴨ヶ岳城、鎌ヶ岳城がありました。比高300mmほどあるようです。

 

発掘調査の結果建物跡が8棟検出され、平面表示されています。

 

そして、一番の見どころは庭園跡です。

庭石があるのみで水がなく枯山水のような趣ですが、水や樹々を想像すると雅な姿が浮かび上がってきます。

 

 

東側の虎口。

 

虎口を出て館の北側を堀に沿って半周します。

 

西側の虎口です。

 

最後に土塁の上から。

土塁の高さは2mほどあります。



この地域は高梨氏が去ったあと、江戸時代には天領となりました。

西へ300mほどのところに陣屋跡がありますが、市街地に取り込まれわずかに石垣が残るのみ。

趣のある建物は、1936年に中野町役場として建てられたものです。現在は中野陣屋・県庁記念館として使用されています。

 

帰りは中野松川駅まで歩きました。



 

 

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しんいいづか【駅名しりとり353】

新飯塚 (JR九州

 

 

 

福岡のベッドタウンのイメージが強くなってきた筑豊

殖産興業を背景に財閥が進出し、一時期は国内産出量の半分以上を占めた巨大炭田でしたが、閉山が相次いだ1960年代から50年以上が過ぎ、街中から当時の面影を探すことは徐々に難しくなっています。

運炭のために網の目のように敷かれた鉄道も、平成筑豊鉄道の3路線と筑豊本線日田彦山線、そして当駅から出る後藤寺線だけになってしまいました。

 

駅から歩いて10分ほどの麻生大浦荘はそんな石炭時代の名残のひとつ。

筑豊御三家といわれたこの地域で力を持った地方財閥のひとつ、麻生家の邸宅で、大正時代末期にたてられたものです。

現在は麻生家の迎賓館として使われており、去年は、将棋の藤井聡太八冠が最年少名人位を奪取した第81期名人戦7番勝負の第4局の対局場にもなりました。

また、筑豊の炭鉱王と呼ばれた伊藤伝右衛門の邸宅もこの近くにあります。旧伊藤伝右衛門邸として一般公開され、将棋の女流王位戦の会場としても使われています。

 

 

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第28回ちばぎんカップ

新しいシーズンの到来を告げる「ちばぎんカップ」。

第28回となる伝統あるプレシーズンマッチは、フクアリが工事で使用できないため2年連続の日立台開催となりました。

 

昨年の後半戦の好調ぶりとシーズンオフの補強が順調だったことから、例年以上に期待値の高い今年のジェフ。

J1のチームを相手にする「ちばぎんカップ」は良い力試しになりそう・・・

と思ったら、メンバーが思った以上に不思議な感じでした。

試合経験を積ませたい選手と、試合勘とコンディションを高めたい選手を優先して選んだ印象。小林監督は、テストマッチのひとつとして割り切っていたのかもしれません。

 

スタート時は4-3-3だと思います。

CBにメンデスと久保庭、SBは右に高橋、左に日高。

アンカーに田口がいて、その前に風間と横山。

前は、CFWに小森、右に田中、左に高木。

去年は2ボランチがデフォルトだったと思うので、少し変えてきたことになります。

 

立ち上がりは一進一退でした。

昨年と同様素早く寄せてボールを奪い散らしていきます。ピッチ内に選手がバランスよく散ることで、ボールが早く、広く動くという去年の特長は継続されているようです。

一方で、競り合いで当たり負けするシーンや、単独で仕掛けられると下がってしまって奪いきれないなど、個を前面に出してこられると難しいと思うことがしばしば。この辺りはカテゴリーの違いが現れたシーンだと思います。

 

後半、選手交代により4-4-2になったでしょうか。

エドゥアルドと小林祐介ボランチ、2トップに横山と呉屋という感じです。

 

試合は前半に小森が先制ゴールを挙げ、後半にドゥドゥが追加点。相手の反撃を1点に抑えて勝ち切りました。

テストマッチと割り切って手の内を隠したままという感じの戦い方でしたが、結果を残したことは評価したいです。

また、久保庭やメンデスといった去年出場機会が少なかった選手にめどが立ったこと、藤田や横山といった新加入選手が着実にフィットしてきていることが分かったのも収穫でしょう。

ただ、1ボランチだと田口に依存し過ぎてしまうのが少し心配です。スペースを埋め、ボールを刈り、ボールを散らし、バランスを取る、このすべてを田口がやっていましたので、いなくなったときに反動が大きすぎます。失点も田口が下がった後でしたし。

もっとも、開幕戦はメンバーが大きく変わるでしょうし、1ボランチを継続するかどうかもわかりません。

ふたを開けてみるまでは何とも・・・ということで来週の開幕戦に期待したいと思います。

 

去年のサッカーがとても面白かったので、例年以上にワクワクしている自分がいます。

来週の開幕が待ち遠しい。そして、秋には歓喜の瞬間を味わいたいと思います。

 

 

 

2024.2.18  第28回ちばぎんカップ
ジェフユナイテッド千葉 2-1  柏レイソル (日立台

 

 

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【ちょっと昔の流山34】2008年2月25日  流山総合運動公園、前ヶ崎城址公園

2008年2月25日。

撮影場所の詳細は覚えていませんが、運動公園の南側、古間木のあたりだと思います。


流山総合運動公園。

現在、全面的な再整備の途中で絶賛工事中ですが、この看板とはかなり異なった姿になるようです。


園内に林立するトーテムポールは1991年の「流山トーテムポール国際大会」に伴って製作されたもの。

独特の景観をつくっていますが、現在も維持されているのでしょうか?

 

高さ21mあった日本一のトーテムポールの跡地。土台がダメになっていたみたいで、2007年ころに撤去されてしまいました。


前ヶ崎城址公園まで移動しました。

 

高城氏が築城したといわれる戦国時代の城郭。

舌状台地の先端部が公園となっており、土塁や堀が残されています。

 

 

 

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篠島をブラブラ歩き、「日本の夕陽百選」を見に行く

三河湾に浮かぶ篠島日間賀島佐久島と合わせて「三河湾三島」または「愛知三島」と呼ばれています。

知多半島渥美半島から10kmと近く、特に行政上は南知多町に属することから、河和港との間に高速船が10往復、師崎港とはフェリーが6往復運航されています。

一方、渥美半島との間は高速船が2~3往復のみ。名鉄グループ名鉄海上観光船㈱が運行しています。

 

鳥羽から伊良湖へフェリーで渡り、伊良湖15:05発の高速船に乗り継ぎます。

乗客は10人ほどでしょうか。

 

30分ほどで篠島到着。

 

最終の高速船まで2時間ほどあるので、島内を散策します。

 

 

まず目に入るのは、巨大な篠島漁港と漁船、そして風になびく大漁旗です。

島民には漁業従事者が多く、シラス漁が有名。また最近はフグの産地として有名になっているようです。

 

海岸沿いからなかにはいると、狭い路地が複雑に入り組み、迷路の雰囲気。

 

東岸に抜ける途中には神明神社がありました。

 

創建の時期はよくわからないみたいですが、771年、伊勢神宮から土之宮三座を勧請して伊勢土之宮と称したというのが由緒として確かなようです。

伊勢神宮参拝の前に御贄所と定められて以来、島で採れた鯛の塩づけを伊勢神宮へ奉納する伝統が今も続いています。

かつては、伊勢神宮参拝前に篠島にわたりこの神社を参拝する、もしくは二見浦から篠島を遥拝するという習慣がありました。

伊勢神宮式年遷宮の際にでた古材を用いて社殿を建て替えるという伝統が残り、最近は、2013年の式年遷宮後2015年に建て替えられています。


新明神社の前を抜けると、砂浜が広がります。

 

サンサンビーチと名付けられた篠島海水浴場です。

シーズンには1万人を超える海水浴が訪れるとのことで、海岸沿いには民宿やホテルが並び、リゾートの雰囲気。


ビーチの南端から斜面を登ります。

 

尾根を越えた先には篠島小学校、中学校。

 

篠島は、名古屋城採石場として利用されました。楔の跡が残る「清正の枕石」が観光名所になっています。時間の都合で割愛しましたが、小中学校の敷地を抜けるように遊歩道があるとのことです。

 

 

そして、最後の目的地、歌碑公園展望台。

さえぎるもののない海原に沈む夕日は「日本の夕陽百選」にも選定された絶景です。

 

この日の日の入は16:58。ただ、水平線付近がもやっているので、10分ほど前に太陽は隠れてしまいました。



早足で港に戻ります。

 

google mapを頼りに、尾根伝いの道を進みます。
街灯などなにもありません。完全に暗くなったら迷ってしまうところでした。

 

細い路地を進みます。

 

どこを歩いているのかよくわからないまま、地図を頼りに進むと、いきなり見覚えのある風景が広がりました。

神明神社につながる路地です。

 

狐につままれたような感じでした。

 

 

 

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