カラフルな世界、モノクロの日常

鉄道、城、サッカーなど、自分が興味を持っていることを思うがままに書いています。yahooブログ終了に伴い、はてなブログに引越ししてきました。

かずさいちのみや 【駅名しりとり257】

上総一ノ宮 (JR東日本

 

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アクアラインと館山道の開通により大打撃を受け、かつての面影が失われた内房線と違い、外房線は現在も一定の競争力を保っています。
1時間毎に特急が走り、東京へ直通する列車も、当駅発着で運行されています。
一宮町東京オリンピックのサーフィンの競技会場になっているので、その際は多数の臨時列車が運行され、にぎわうのでしょう。
それに合わせて駅舎のリニューアルも行われており、一応、6月末完成とのことです。
でも、東京オリンピックは1年延期。しかも、中止になる可能性も残っています。はたしてどうなることやら。

 

 

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2007年8月10日 飯田線の119系

旧型国電が遅くまで運用されていた飯田線。末期には、多数の鉄道ファンが押し掛けたといいます。
一方で、旧画家国電を置き換えていった119系には怨嗟の声があったとか、なかったとか。
でも、私にとっての飯田線のイメージは119系です。

 

小学生になる前(30年以上前です)、祖父の実家がある飯田に行った際に、わがままを言って乗りにつれて行ってもらったことがあります。
飯田と駒ケ根の間を往復したのだと思いますが、その時に見た水色の電車と、当時は冷房がなくて車内がものすごく暑かったことを何となく覚えています。

 

その飯田線に全線乗車したのは、2007年8月10日のこと。119系はクリーム色の車体に湘南色の帯を持つJR東海標準色になっていました。
2012年に全廃になりますが、当時は現役バリバリ。岡谷駅から豊橋駅へ、現在は見ることができない119系の姿です。
あまりきれいな画像ではありませんが、現在は見ることができない風景ということで、ご容赦ください。

 


まずは飯田駅

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JR東日本からの乗り入れは115系でした。2代目長野色(信州色?)が懐かしいです。

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天竜峡駅。ここで途中下車しているので、写真が多めです。

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中部天竜駅

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佐久間レールパークはお休みでした。

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豊橋駅豊橋口では313系の運用が始まっていたみたいです。

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この時以来、飯田線にはご無沙汰です。
その間、秘境駅ブームで盛り上がったりしましたし、全線を通しで運行する列車も何本か残っています。
全線踏破すると6時間を超えますが、浮世離れした時間を過ごせそう。今度乗りに行きたいと思いますが、はたして。

 

 

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2008年5月2日 津軽線

緊急事態宣言が続々と解除されていますが、首都圏は継続中です。
それでも感染者数は減ってきており、なんとなく自粛ムードも雪解けの気配です。
しかしながら、ウィルスが消えるわけではないので、感染のリスクは残っています。
自分自身の命を守るためにも、警戒を緩めることがないようにしたいものです。

 

そういえば、噂のアベノマスクは未だ届きません。
ちなみに、特別給付金もまだです。
場当たり的な政策に振り回される現場には同情しますし、精いっぱい対応いただいているのだとは思いますが、必要な時に届かない、というのはもどかしくもあります。
皆さんのところにはいかがですか?

 


ちょっと昔の写真を載せて時間を稼ぐシリーズ、今回は2008年5月2日の津軽線です。

 

青森駅で待っていたのは701系。東北を旅するといたるところで出会う車両です。
そして、旅情に乏しいこの車両を私は好きになれません。

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蟹田駅で下車しました。

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スーパー白鳥が停車。懐かしい風景です。

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構内に停車していた、キハ40の2両編成。この編成が転線して三厩行になったようです。

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終点の三厩駅に到着。
この先、竜飛の方まで足を延ばせばよかったのですが、この時はすぐの列車で折り返しています。

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帰りの列車の車窓から。

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津軽今別駅。新幹線の工事が始まっている気配は感じられません。
現在は奥津軽いまべつ駅となり、新幹線が停車するようになりました。

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津軽海峡線と新幹線が合流するところを望みます。
新幹線の橋脚を置く基礎が準備されているのがわかります。実際の工事ではこの基礎は使用されませんでした。
この時点で青函トンネル開業から20年以上経過しています。それだけの月日がたてば設計だって変わりますよね。

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蟹田駅に戻ってきました。

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かさおか 【駅名しりとり256】

笠岡 (JR西日本

 

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岡山と福山の間に位置するそれなりに大きな町。岡山県に位置しますが、隣接する広島県福山市との結びつきが強いようです。
笠岡駅は、新幹線がこなかったせいか、国鉄時代の典型的な幹線駅の雰囲気をよく残しています。
1971年までは衣笠鉄道が接続していました。内陸部の井原、矢掛を結んだ軽便鉄道廃線跡は今もよく残っており、ネットから航空写真を検索すると、容易に判別することができます。
いつかはこの廃線跡を辿ってみたい、と考えていますが、果たせていません。

 

 

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2008年11月22日 尾久車両センター  ふれあい鉄道フェスティバル

一部地域の緊急事態宣言が解除されましたが、大都市圏は継続になり、予断を許さない状況が続いています。
私自身も感染したくないので、しばらく引きこもり生活を続けることになりそうです。

 


というわけで、2008年11月22日に尾久で行われた鉄道フェスティバルの写真です。
10年ひと昔とはよく言ったもので、とても懐かしい車両たちが写っています。
鬼籍に入ってしまった車両も多いですね。

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2015年に廃止になる「北斗星」もこのころは現役バリバリ。
廃止直前は塗装の剥離がひどくて見苦しい姿でしたが、このころはまだきれいな姿を保っています。

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テールマークを回転させるサービスがあったようです。
「出羽」は1993年に廃止された寝台特急です。上野と秋田を結んでいました。
秋田新幹線で4時間弱の距離に寝台列車の需要があったのですね。今では信じがたい話です。

もっとも、夜行の高速バスは今もあるので、需要そのものが消滅したわけではないと思います。ニーズに鉄道が付いていけなくなった結果でしょう。

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この時の目玉は、前年に登場したE655系
電車庫の中で大事にされていました。

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