清水沢駅は夕張地区南部の要衝としてにぎわったところで、三菱石炭鉱業大夕張鉄道線や清水沢炭鉱の専用線などが接続し、運炭列車が行きかっていました。
展示されていた航空写真を見ると、狭い土地に線路と建物と炭鉱の設備が密集しているのがよくわかります。
Wikipediaによれば、1964年の1日当たりの平均乗車人数が2600人とのことですから相当なものです。運炭列車はもっと多かったはずですし。
展示されていた航空写真を見ると、狭い土地に線路と建物と炭鉱の設備が密集しているのがよくわかります。
Wikipediaによれば、1964年の1日当たりの平均乗車人数が2600人とのことですから相当なものです。運炭列車はもっと多かったはずですし。
しかし、そのようなにぎわいが急速に失われていきます。
1980年に清水沢炭鉱が閉山、さらには1987年に大夕張鉄道が廃止。
その後、2004年に交換設備の廃止により棒線化。跨線橋も撤去され今の姿になりました。
1980年に清水沢炭鉱が閉山、さらには1987年に大夕張鉄道が廃止。
その後、2004年に交換設備の廃止により棒線化。跨線橋も撤去され今の姿になりました。
駅舎との間の空間は、かつての大夕張鉄道線と側線の跡です。
駅を出て、清水沢の街の散策に出かけました。