カラフルな世界、モノクロの日常

鉄道、城、サッカーなど、自分が興味を持っていることを思うがままに書いています。yahooブログ終了に伴い、はてなブログに引越ししてきました。

神の住む所 神居古潭

8月12日の話の続きです。

 

1時間ほどの芦別散策を終えて、14:00発の北海道中央バス芦旭線に乗車しました。芦別旭川をダイレクトに結ぶバスですが、休日は3往復しかありません。

 

45分ほどの乗車時間で神居古潭に到着。

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石狩川に沿って歩くこと10分ほどで、神居大橋が見えてきました。

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1938年にかけられたという白い吊り橋は自動車の往来を許さない華奢なつくりです。 

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ここから眺める川の風景は素晴らしい。晴れていればもっとよかったのですが。

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橋を渡ると見えてきたカラフルな建物は、旧神居古潭駅の駅舎です。

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駅舎内は手が入っており、廃駅のにおいはあまり感じられません。

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駅舎の裏に回ると、ホームがそのまま残され、線路敷は舗装され自転車道になっています。 

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旭川方面に歩いてみましょう。

 

頭上を覆う緑のトンネル。このまま歩いていきたくなりますが、ほどほどのところで引き返します。

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一旦戻って深川方面に目を向けると、レンガ積みの橋台。

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その向こうには保存されたSLが3両。

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トンネルは崩落の危険があるのか、コンクリートで覆いがされています。

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トンネルを抜けると、川の向こうに神居大橋が見えます。 

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アイヌ語で「神が住むところ」という意味のカムイコタン。船や徒歩が移動手段であったころから、1898年開業の函館本線、今もここを通る国道12号線「神居国道」…、上川盆地に唯一穿たれたこの渓谷は、有史以前から交通の要衝であり隘路であり続けました。
しかし、1969年の函館本線の電化・複線化に伴う線路付け替え、北方の山の中に造られた道央自動車道と、土木技術の進化は神居古潭の性格を少しずつ変化させてきました。

 

かつての面影は、今も交通量が多い「神居国道」を行きかう車の群れから朧気に想像するのみです。

 

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しかか 【駅名しりとり238】

鹿家 JR九州

 

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鹿の家と書いて「しかか」と読みます。
漢字はもちろん、語感も含めて、とても不思議な地名です。
由来をネットで調べてみましたが、これといったものが出てきません。

 

かの邪馬台国の時代から栄える由緒ある土地柄ですので、何か特別ないわれがありそうな、なさそうな…
気が向いたら調べてみようと思います。

 

 

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赤平 ヤマの記憶とともに 2/2 

赤平炭鉱の立坑のすぐそばには「赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設」があります。
2018年7月に開業した、とても新しい施設です。

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入館料は無料。館内には、当時の道具や資料がとてもスタイリッシュに展示されています。 

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炭鉱が現役だったころの赤平市街。手前に赤平炭鉱の立坑櫓、野球場の向こうに広がる炭住街は、先ほど歩いた、住友共同浴場があったところです。

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このような無料の展示物を見るだけでも結構楽しめますが、この施設の目玉はガイド料800円の炭鉱遺産見学です。

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短い映像を見たのち、実際にヤードの中に入ります。

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中は、見学用の通路が作られたほかは当時のまま。
窓から入る陽が作り出す影が、なぜか神々しい。

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この設備を見学できるようにするにあたって、木道などを整備したほかは一切手を入れていない、とのことです。
もともとが頑丈な構造物ですし、現状傷みなどはないとの説明でしたので、すぐにというわけではないでしょうが、
いずれは修理の手が入り、手が入ると現在の雰囲気は失われてしまうと思うので、
興味のある方は、お早めにどうぞ。

 

 

ガイダンス施設まで戻って、大型の機械類を保存、展示している「自走枠整備工場」に向かいます。
車で3分ほど。私は、ガイドの方の車に便乗させてもらいました。 

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赤平炭鉱で働いていたというガイドさんはとても面白く、話が尽きません。
ガイドの時間は11時半くらいで終了の予定でしたが、「最後の方が帰るまでいるので、気の済むまで見てください」というガイドさんの言葉の通り、時間を過ぎても終わる気配がありません。

 

私は12時過ぎに離れましたが、話はもっと続いたと思います。

 

 

最寄りのバス停、赤平消防署から芦別行きのバスに乗ります。

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終点の芦別では、乗り換えるバスまで1時間ほどあるので、街を散策。

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芦別市立図書館の前には、三井芦別炭鉱で使われた車両が保存・展示されていました。

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赤平 ヤマの記憶とともに 1/2 

8月12日は、中島公園駅6:13発の始発で札幌駅に向かいました。
それにしても、札幌市営地下鉄の始発はなぜこんなに遅いのでしょう?
各方面とも始発駅6:00発というのは遅すぎるようです。
大都会札幌ですから、朝早い人もいっぱいいるはず。現に、私が乗車した列車もかなりの乗車率でした。

 

6:35発のライラック1号に乗車します。
車両は、北海道新幹線開業により青函トンネルを追われた789系です。

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滝川で根室本線普通列車に乗り換えて、7:48着の赤平駅で下車しました。

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駅設備は古くてさびれていますが、駅舎は「交流センターみらい」という観光案内所+公民館のような施設に建て替えられており、すこぶるきれいで大きな建物です。
ただ、私が到着したのは開館前だったので、勝手口のようなところから駅の外に出ました。

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街の中を南東方向へ。この辺りは本町、そして大町という地名の地域です。
炭鉱が稼働していた当時から街の中心部だったところかと思います。
建物の密度は下がり、活気は失われましたが、それでも呼吸を続ける街の気配がありました。

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さらに進んで、炭住が立ち並んでいた地域です。きれいに区画された街路と規格化された建物。だいぶ取り壊されて再開発されたようで、雑草が生えた空き地と新しいアパートが目立ちます。

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この地区の中心にあった、公衆浴場。「住友地区共同浴場」という名称が在りし日の姿を髣髴させてくれます。

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赤平東郵便局の前から、根室本線の線路を渡ります。

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線路の向こうは樹木が生い茂っていますが、かつては炭鉱関連の施設で埋め尽くされていました。


その施設のほとんどは閉山後に撤去されてしまいましたが、残されたものもあります。
ほどなく見えてきたのは、「旧住友赤平炭鉱立坑」。

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道を挟んだ向かい側には、「坑口浴場」。現在、敷地内に入ることはできません。

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さらに、北西方向に歩いていくと、広い空き地の向こうに「旧北炭赤間炭鉱原炭ポケット」が見えてきます。

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ここの裏山は、赤間炭鉱のズリ山です。その頂上には展望台が設けられており、777段の階段が通じています。
頂上からの眺望は素晴らしいらしいですが・・・私はパスしました。。。

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歩き回っているうちに9時半過ぎになりました。頃合いになりましたので、先ほどの赤平炭鉱立坑に戻りましょう。 

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訪城記 ~南部藩モロラン陣屋~ 【2019.8.11】

伊達市の「舟岡」から乗車した室蘭行きのバスを、室蘭港の湾口に架かる白鳥大橋のたもと近くにある「陣屋」というバス停で下車しました。

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バスに乗っている間に雲が厚くなり、バスを降りた時には霧雨になっていました。
おまけに、風が強く、そして冷たい。半袖では鳥肌がたってしまいそう。 

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急いで、バス停から5分ほどの室蘭市民俗資料館(とんてん館)に逃げ込みます。

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室蘭市の考古学的、民俗学的資料が収蔵されているこの資料館、年季が入っているものの、豊富かつ雑多な収蔵品と展示内容が不思議に魅力的です。しかも無料。
学芸員の方もとても親切で、来館者ひとりひとりに声掛けをしていたのが印象的。私は雑談した程度でしたが、ほかの来館者とは長時間、民俗学的な話をしたりしていました。

 

 

小一時間の見学ののち、お目当ての国指定史跡「南部藩モロラン陣屋跡」へ。
資料館のすぐ横の細い道を登っていきます。 

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途中、竪堀のような怪しい地形を発見。人工的なものに見えますが、当時掘られた堀の跡でしょうか? 

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やがて視界がひらけ、目の前には芝で覆われた土塁と堀、そして虎口。
この虎口は搦手に当たります。

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土塁の外側を回り込んでみましょう。

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すると、海に面した南側にも虎口。先ほどより堀が深く、土塁も高く見えます。
虎口の前にも低い土塁があり、二重になっていました。

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ここにはいろいろな看板も集まっていますので、一応ここが正面=大手にあたるみたいです。

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城内にはいってみましょう。

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内側は発掘調査の成果を踏まえた、建物跡の平面表示。そして土塁に囲まれているのがよくわかります。 

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北側の土塁がひときわ高いです。登ってみると、その外側には細い横堀がありました。
斜面に作られているという地形の制約上、この土塁の高さは必然なのですね。

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バスを降りてから2時間弱、この間、霧雨がやむことはありませんでした。
15:44のバスで東室蘭駅へ。16:38発のすずらん9号で新札幌に出ました。
さらに地下鉄を乗り継いで、この日は中島公園駅近くのホテルに泊まりました。 

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