カラフルな世界、モノクロの日常

鉄道、城、サッカーなど、自分が興味を持っていることを思うがままに書いています。yahooブログ終了に伴い、はてなブログに引越ししてきました。

訪城記 ~清水山城~ 【2025.4.27】

4月27日、福岡空港で乗り継いだ飛行機は、福岡上空を旋回して北に向かいます。

 

10:30、対馬やまねこ空港に着陸。

 

バスに乗り換えて、終点の厳原で下車しました。

 

 

この日の最初の目的地は清水山城です。

金石城の櫓門を横目に、対馬博物館北側の斜面を登るとすぐに看板を見つけました。

 

登山道の入り口。

 

登り始めて10分ほどで石垣が見えてきました。

 

清水山城は、標高206mの清水山に本丸をおき、南東に延びる尾根に曲輪を配した連郭式の山城です。

ただ、連郭式と記載してみたものの、尾根を堀切で分断するのではなく、尾根全体を登り石垣で取り囲んでいるのが特徴で、「郭が連なっている」というとイメージが違うかもしれません。

豊臣秀吉朝鮮出兵の際の中継基地として1591年、毛利高政によって築城されました.

もっとも、最近の研究では、宗義智の築城という説が有力になっているようです。

本土ではあまり見ない縄張ですが、朝鮮半島の倭城には類似例があるようです。

 

 

登山道から最初の虎口。

 

その先が尾根筋の先端部あたる三の丸です。

厳原の港と町が良く見えます。

 

曲輪内は、自然の岩盤が削平されないまま露頭しています。

 

岩盤の露頭は、三の丸を抜けても続きます。

 

二の丸手前の鞍部には、虎口がありました。

 

 

足場の悪い急坂の先は二の丸の石垣が行く手を阻みます。

 

その石垣を回り込むように、枡形虎口がつくられています。

 

二の丸。相変わらず削平が不十分で、自然の岩盤が露頭しています。

ただ、石垣に囲まれた枡形虎口、直線的な塁線などに織豊系城郭の特徴がみられ、城内で最も整った曲輪という感じがします。

 

二の丸を抜けたところにも石垣に囲まれた虎口があります。

 

更に尾根を登っていくと、本丸の石垣が行く手を遮ります。

 

虎口。

 

本丸は城内最大曲輪。清水山山頂を取り込み、周囲を石垣で固めています。

山頂の岩盤は削平されることはなく、自然のままですので、曲輪内に平坦部はほとんどありません。



これは、この城全体にいえることですが、城外を隔てる石垣で固めた塁線は非常に大規模かつ強固であるものの、城内は自然地形を多く残しており平坦部がほとんどないというのが不思議な感じがします。

これでは、大きな建物を建てることはできませんし、多くの兵士を駐屯させておくこともできません。

また、山城という性格上、物資の集積にも不便なことから、中継地点としてはほとんど機能しなかったのではないでしょうか?

もしかしたら、反攻された際の防御拠点、詰めの城として想定されていたのかもしれません。


本丸南側には搦手虎口があって、有明山へ登山道が続いています。

 

登山口に戻ってくるまで2時間弱。ただ、体調の問題からかなりゆっくり歩きましたので、健脚の方はもっと早く廻れると思います。

足場が悪いところが続くので、おっかなびっくりでした。バランス感覚がいかれてしまっているので、「怖い」という感覚が頭から離れません。

こういう「ナチュラル」な山城はこれが最後になってしまいそうです。

 

 

 

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