迫間橋を出て、市街地北部の台地を歩いていきます。

目的地の鞠智城は、続日本紀に「大宰府をして大野、基肄、鞠智の三城を繕治せしむ」という記述がある古代山城。
698年に城の修繕工事が行われたという上記の記述が初見で、築城年は不明であるものの、白村江の戦い後、大野城や基肄城と同時期に築城されたと推定されています。
菊池市北部、山鹿市にまたがる台地の上にあり、国史跡に指定されています。
HPに記載されたアクセスは菊池プラザバス停からタクシーで5分と記載されており、歩くと40分ほどかかるみたいです。
そんなばかな、ということでいろいろ調べた結果、九州産交バスの一寸榎というバス停が一番近そうです。

バス停の位置を確認した後、さらに西へ。

20分ほど歩くと、特徴的な八角形の楼閣が見えてきました。

まずは温故創生館を見学。パンフレットなどいろいろもらえます。

その後、外郭に沿って歩いていきます。

深迫門跡。


古代山城は自然地形をそのまま城内に取り込んでいるのが特徴的なところでしょうか。

堀切門。台地の斜面に強引に道を付けた感じです。


池の尾門は、城内に取り込まれた谷津が最も狭くなったところにある門。


斜面を登ります。

長者山展望広場まで、登ってきました。

北側の灰塚は城内最高所にあって、北方向に眺望が開けているとのことですが、割愛しました。

バスの時間が迫っているので、早足で進みます。
城内には池もあります。水底からは貴重な遺物が多数発掘されました。水中にあることで風化や腐食を免れたようです。

城内ではいろいろなところで礎石が見つかり、多くの建物があったことがわかっています。

そのいくつかは復元されています。



最も特徴的なのは、八角形の鼓楼でしょうか。
ガイドブックなどでも必ず紹介される、鞠智城シンボルです。

この八角形の建物は、隣接して2基建てられていたようです。
復元建物の内部を見ると柱ばかりで、倉庫として使うには不便ですし、上階に上がる階段もないことから物見台としても不便。
鼓楼という名前を信じるのであれば、太鼓で時を知らせていたということになるのでしょうが・・・
百済からの亡命者の影響があると思いますが、朝鮮にはこのような建物の実例があるのでしょうか?


バス停に戻りました。

その後、馬見塚で桜町バスターミナル行きのバスに乗り継ぎ。

更に高速バスで鹿児島空港へ。19:30のANAで帰宅しました。

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