カラフルな世界、モノクロの日常

鉄道、城、サッカーなど、自分が興味を持っていることを思うがままに書いています。yahooブログ終了に伴い、はてなブログに引越ししてきました。

訪城記 ~下田城~ 【2017.2.17】

日米和親条約により開港した下田。古くから天然の良港として栄えました。
その港の入り口に突き出た半島の先端に下田城があります。
豊臣秀吉の小田原攻めの際には豊臣方の水軍の攻撃にあいながら、50日ほど耐え抜いた記録もあるとか。
現在は下田公園として開放されており、伊豆急下田駅から歩いて15分ほどです。

公園の入口にある掲示板によると、こんな感じの城だったみたいです。

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歩き回る経路を決めるために一緒に掲示されていた公園の地図を見ましたが、方向感覚が合わないのか、いまいち頭に入ってきません。
また、城に関する説明などもないので、どこに何があるかもよくわかりません。
とりあえず、下岡蓮杖碑にでて、やみくもに登ってみました。

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上へ上へと歩みを進めると、尾根に出ました。
ここからの眺めは素晴らしいです。港を抑えるという城の目的がよくわかります。
下の広場には、屋敷などが建っていたと推定されているようです。

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尾根にあって両側は急斜面ですので、土橋というか、とても狭くなっています。

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そしてたどり着いた「伝『天守台』跡」という曲輪。
もちろん、普通にイメージするような天守があったとは思えませんが、城内の最高所ですので、それなりの物見台や指揮所としての施設があったものと思います。

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下田城は「伝『天守台』跡」を頂点に、四方に延びる尾根に曲輪を配していました。
その一つ、馬場ヶ崎に行ってみました。
尾根の上の狭い通路を抜けて行きます。

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先端部はとても狭いです。物見小屋ひとつ建てるのにも苦労しそうです。
ただ、眺めは素晴らしい。港の入口を押さえることができます。

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公園の地図に書いてある「山頂分岐」というところまで戻って、志太の浦展望台の方に向かうと、突如下田城を説明する看板に出会いました。どうも、順路から外れていたみたいです。

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さらにその先に、城好きを歓喜させるものが突如現れました。
尾根を豪快に削り取った虎口、土橋。

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両側に続く横堀。
埋まってしまっていますが、よく見るとかすかに畝が確認できます。

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この横堀は延々と続いています。
急斜面と横堀に挟まれた空間はとても狭く、行動が制約されます。
先ほどの「殿『天守台』跡」などから攻撃されればひとたまりもありません。

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かなり貴重な遺構がありますので、例えば山中城くらいに整備すれば新たな観光の目玉にできそうな気がします。
少なくとも、遺構の場所や内容を示す掲示板は要所要所に建ててほしいです。
もっとも、整備=破壊になっては元も子もありませんので、バランスは重要ですが。


横堀は続いていますので、もっと進みたかったのですが、ここでタイムアップ。
伊豆急下田駅に戻りました。



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