中城城の後、久場のバス停に戻って15:05のバスに乗車、コザで下車しました。
バス停の時刻表の見方がよくわからなくて右往左往していたら、ちょうど52番与勝線のバスが来たので乗り換え。
時刻表上では乗り継げないはずでしたが、少々遅れていたみたいです。ラッキーでした。
52番のバスに乗ると勝連城のすぐそばまで連れてってくれますが、ほかのバスだとバス停から10分程度歩きになってしまいますので。
20分ほどで勝連城跡に到着しました。
バス停の時刻表の見方がよくわからなくて右往左往していたら、ちょうど52番与勝線のバスが来たので乗り換え。
時刻表上では乗り継げないはずでしたが、少々遅れていたみたいです。ラッキーでした。
52番のバスに乗ると勝連城のすぐそばまで連れてってくれますが、ほかのバスだとバス停から10分程度歩きになってしまいますので。
20分ほどで勝連城跡に到着しました。
勝連城は半島の丘陵地帯を利用した高台にある城です。
バス停からは急な坂となりますが、登りきると目の前に優美な曲線を描く高い石垣が現れました。
バス停からは急な坂となりますが、登りきると目の前に優美な曲線を描く高い石垣が現れました。
山の上に巧みに築かれた石垣、本当に美しいです。
中城城と違い、加工された石がビッチリと積まれています。
加工がしやすそうに見える石ですが、それでもこれだけきれいに積むのは相当高度な技術だと思います。
ただ、この石垣、戦争で破壊されたり、工事の物資に転用されたりして失われたところもあったとのことで、積み直しを受けています。
ですので、どこまで旧状をとどめているのか、よくわからないところがあります。
加工がしやすそうに見える石ですが、それでもこれだけきれいに積むのは相当高度な技術だと思います。
ただ、この石垣、戦争で破壊されたり、工事の物資に転用されたりして失われたところもあったとのことで、積み直しを受けています。
ですので、どこまで旧状をとどめているのか、よくわからないところがあります。
坂を登って三の郭を目指します。
道は右に回り込み、石垣に沿うように続いています。
登っている間、ずっと頭上から攻撃を受け続けることになるわけで、かなり強力な防御システムだと思います。
手前が三の郭、そして1段上がったところが二の郭です。
二の郭は正殿が建てられていた郭で、今も基壇が残っています。
道は右に回り込み、石垣に沿うように続いています。
登っている間、ずっと頭上から攻撃を受け続けることになるわけで、かなり強力な防御システムだと思います。
手前が三の郭、そして1段上がったところが二の郭です。
二の郭は正殿が建てられていた郭で、今も基壇が残っています。
正殿の背後には拝所があります。この洞窟は一の郭とつながっているとか、いないとか。
そして一の郭へ。
先ほどと同じように、石垣に沿うように道が付けられています。
先ほどと同じように、石垣に沿うように道が付けられています。
一の郭はあまり広くありません。
しかし眺望は最高です。東西南北遮るものがありません。
しかし眺望は最高です。東西南北遮るものがありません。
先ほどの二の郭の拝所につながっていたという洞窟です。現在はふさがっているとのこと。
日没が近いです。
陽が徐々に赤みを増し、海を煌めかせ、空を染めていきます。
しかし、日没前に雲に隠れてしまいました。残念!
陽が徐々に赤みを増し、海を煌めかせ、空を染めていきます。
しかし、日没前に雲に隠れてしまいました。残念!
結局、日没を待たずに城を出て、17:52のバスで那覇に戻りました。
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