カラフルな世界、モノクロの日常

鉄道、城、サッカーなど、自分が興味を持っていることを思うがままに書いています。yahooブログ終了に伴い、はてなブログに引越ししてきました。

今更ながら、開幕戦のPKについて

4年に1度のW杯が開幕しました。
寝不足になっている方もたくさんいらっしゃるのではないでしょうか?
私は録画派なので、あとからゆっくり見ることにしています。夜は寝ないと翌日つらいですからね。

それにしても日本代表は残念でした。
次に期待しましょう。


開幕のブラジル―クロアチアについて――
主審を西村雄一氏が務めました。
開幕戦の主審を日本人が務めるというのでとても誇らしい気持ちになりました。
もっとも、Jリーグにおいては西村氏というのはかなりビミョーな審判っていう評価だと思うんですが…

そして、今更ながらPKの判断について――
すでに過去の話題ですが、書きたくなったので書きます。


映像を見る限りロブレンの左手がフレッジにかかっているのは確認できます。
そしてフレッジはバランスを崩して倒れた…これはファールです。

実は誤審だと騒いだ人たちも、ファールがあったということについては
「ファールはなかった(つまり手で押していない)」とか
フレッジのシミュレーションだ」
と主張している人というのはほとんどいません。少なくとも私は見たことがありません。
クロアチアの監督はそんなようなことを言っているようですし、フレッジは簡単に倒れすぎと書いてるのは見たことがあります)
つまりファールがあったということ事実自体にはあまり争いはないものと認識しています。

ファールがあったのならば、相手にFK(ペナルティエリア内であればPK)が与えられるというのはルールに書いてあることであり、
それに従った西村主審の判断は間違いではありません。
それでは、なぜ西村主審は非難されているのでしょうか?


今巷間を議論に巻き込んでいるのは
「ファールがあったかなかったか」ではなく
「あのファールに対してPKを取るべきか取るべきではなかったか」という点です。
そして、多くの人は取るべきでなかったといっているわけです。
ファールがあったのに取るべきではない…明らかにルールから逸脱しています。
ではなぜ取るべきではないなんて言う議論が生まれるのでしょうか?

サッカーの審判はルールに則ったジャッジに加えて、試合が円滑に進むようコントロールすることが求められています。つまり審判の役割は2つあることになります。
ルールに則っていながらその判断を批判するということは、つまり、後者の役割を果たせなかったという批判をしているということになります。
1-1という拮抗した展開があのPKによって崩れて大勢が決まってしまった…そのことを問題視しているわけです。

というわけで、西村主審は、「あいつはKYだ」と批判されていたわけですね。


私自身も「少し厳しい判断だな」と感じたのは事実です。
しかし、ファールがあったのだからPKをとったこと自体は間違いではありません。
あえて言えば、「西村だったらとっても不思議はないよな」っていう感じです。

なんせ、私の中ではビミョーな審判という位置づけですから。。。


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