カラフルな世界、モノクロの日常

鉄道、城、サッカーなど、自分が興味を持っていることを思うがままに書いています。yahooブログ終了に伴い、はてなブログに引越ししてきました。

訪城記 ~松江城~ 【2022.5.1】

田和山遺跡から松江駅に戻って、乗り換え。国宝松江城で下車しました。

 

前回松江城に来たのは国宝になる前でした。

GWだから当たり前ですが、人の多さにびっくりします。
最近、人の集まる城跡に行くことが無かったので、なおさら驚きです。

 

 

大手門から、二の丸へ。

 

一ノ門は1960年復元。

門をくぐると本丸です。

 

 

松江城天守が国宝に指定されたのは2015年。松江神社で「慶長拾六年正月吉祥日」などと書かれた築城時期を特定につながる祈祷札が
見つかったことが決め手になったようです。
4重5階で全体に黒く、高欄を持たない内部望楼の姿と合わせて、剛健な印象。
付櫓を持つ複合式天守でもあります。

 

天守内部。非常に薄暗い。

 

最上階からは松江市街から宍道湖まで一望できます。



帰りは北ノ門から搦手へ。

 

水手門。石垣は積みなおされたもののようです。

 

搦手には護国神社と城山稲荷神社があります。
当時はそれぞれ曲輪として認識されていたようですが、石垣はなく、自然地形に近いままという印象です。

 

稲荷橋から、塩見縄手へ。

 

塩見縄手は、城北側の武家屋敷街。
巨大な内堀と、昔の雰囲気を残す町並みは松江の代表的な景観となっています。
大手側に比べて搦手は自然地形を多く残すことから、松江城の縄張は未完といわれることがありますが
巨大な堀を開削する土木量は大手側に劣るものではありませんし、そもそも、北からの大規模な攻撃が想定できない以上、これで十分だとみることもできるので、
縄張としては完結しているととらえる方が実態にかなうように思います。

 

塩見縄手を通って大手に戻ってきました。

 

二の丸を通って三の丸へ。

 

現在県庁が建つ三の丸は、堀尾氏が断絶し京極氏が入封した後で造営されました。
実質的な松江藩の政庁として機能したようです。

 


松江駅の方に戻ります。
バスが頻発しているイメージでしたが、タイミングが悪かったのか次のバスは15分後。
待っているのも暇なので、駅まで歩いてしまいました。

 

 

 

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