水俣というと、まず最初に公害が思い浮かびます。
水俣病は、四大公害病のひとつとして社会の教科書に記載されていました。
現在は改善が進み、漁も再開されているようなので、未だに公害の代名詞のように言われ続けることはこの地域にとって本意ではないとは思いますが、
それでも、負の遺産として記憶し続けることはとても重要です。
四大公害病に限らず、公害問題は全国的な課題でした。関東も沿岸部の工業地帯を中心に大気汚染が酷かったといいます。
私が小学生だった90年代前半も毎日のように光化学スモッグ注意報が発令されていました。
最近はあまり聞かないような気がしますが、改善が進んだということでしょうか。
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