桑名 (JR東海)
江戸時代の東海道は熱田から桑名まで、七里の渡しと呼ばれる海の道でした。
その名の通り28kmほどになる船の旅はおよそ4時間を要したといいます。
しばし海難事故も発生する難所でありながら、海上が選ばれたのは、おそらく最短で木曽三川を越えるため。
両岸の熱田と桑名は、東海道の宿場の中で一二を争う規模だったそうです。
木曽三川に限らず、東海道には大河川がいくつも立ちはだかっていました。舟渡しや人足渡しが行われていましたが、川止めになることもしばしば。
これらの河川に橋を架けないのは軍事上の理由から、というのがよくある説明ですが、
川幅が広く、しかもすぐに暴れ川になってしまうような急流では、そもそも恒久的な橋を架けること自体が技術的に難しかったのではないか、と思いますがどうでしょうか?
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