カラフルな世界、モノクロの日常

鉄道、城、サッカーなど、自分が興味を持っていることを思うがままに書いています。yahooブログ終了に伴い、はてなブログに引越ししてきました。

訪城記 ~新府城~ 【2020.10.31】

10月最後の土曜日は、秋晴れに恵まれました。

 

中央線で高尾へ。9:24発の甲府行に乗り換えました。

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ハイキングの人たちで満員だった車内も、相模湖、藤野、上野原と進むうちに落ち着き、

大月で富士山に向かう人が降りた後は閑散としてしまいました。

 

甲府で松本行に乗り換え。

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11:15に新府に到着しました.。

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のどかな風景の中を歩いていきます。

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徐々に高度を上げ、富士山もくっきり。

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現れた鳥居は本丸に鎮座する藤武稲荷神社のものです。

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鳥居をくぐると、明らかに人工的な地形。土木量に圧倒されます。

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正面の石段を登れば主郭まで直登ですが、今回は、北側の搦手口を目指します。 

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城の北側に来ました。

手前の土塁は東出構と呼ばれる張出です。出構は2か所あって、この城の縄張の特徴になっています。

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西出構。

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搦手口は城の北西隅にあります。崖と深い堀に挟まれた細い土橋と、その向こうに枡形虎口。

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本丸へ向かう前に、帯曲輪へ。笹の間の細い道を進みます。

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西出構に到着。

出構の機能については諸説あるそうですが、塁線に強力な横矢がかかるのは間違いないところです。

敵の攻撃も集中してしまいそうですが。

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東出構は西のそれよりも規模が大きいです。

この辺りには陶器の破片がいっぱい落ちています。放置されているということは学術的な価値は高くないのでしょうね。

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改めて、本丸に向かいます。

 

巨大な穴は井戸の遺構だそうです。この穴を迂回するため登城道も狭く制限されているので、防衛上の役割も大きそう。

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二の曲輪。

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大手口からの道に合流し、主郭へ。

虎口には土塁が二重になっていますが、これは蔀の土塁という特徴的な縄張の一つです。

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主郭はとても広大です。当時は御殿が立ち並んでいたのでしょうか?

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発掘調査が行われていました。

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藪に覆われた三の曲輪を左手に見ながら大手口の方へ向かいます。

車は走ることのできるこの道路は、当然ながら後世の改変によるものですが

概ね当時の登城路を踏襲しているようです。

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やがて目の前に現れた巨大な土塁。その切れ目が大手口です。

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枡形から馬出を見たところ。富士山がとてもきれいです。

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両袖の土塁と虎口の形は躑躅が埼館と良く似ていますね。

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丸馬出の南側は急峻な斜面になっていて、大軍が近づくことすら難しそう。

この大手口の構造を「馬出との間の堀を欠いているので、防御力に劣る」と書いた本を見たことがありますが、

急峻な地形を見ると、その指摘は適切ではないように思えてきます。

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加えて長篠の戦い以降の凋落、さらに武田勝頼新府城に在城した期間は非常に短いことから

新府城を臨時の城、未完成の城といわれることもあります。

しかし、加えられた土木量は武田の主城にふさわしいもの。

本当の新府城は名門武田家の栄華と威信をかけた、「やる気」に満ち溢れた城でした。

 

 

 

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